澤田悠奈-訓練生の声(WEB技術者の育成)

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とにかくものづくりがしたい!芸大卒業後、地元の印刷会社へ

新卒で、地元高知県にある自費出版社へ営業として入社しました。その会社は、日本全国から出版物の依頼を受け、デザイン・編集・印刷・全国の書店への配本までを一括して請け負っていました。さまざまな書籍や絵本を作る仕事にやりがいはありましたし、人間関係も良い職場でした。しかし、印刷にクレームはつきもので、小さなピンホールで、全部刷り直しになり、納品できない大量の本が廃棄されていました。出来上がったピカピカの本が廃棄される光景に胸がチクチクと痛みました。なにか違う・・・。
出来上がった本を売る、自分の能力にも限界を感じていました。もともと発行部数が少ない自費出版の本を売るためには、Webの活用が欠かせません。良い本が出来ても、自分に知識が無いため適切なアドバイスやサポートができない・・・。そんな日々を過ごしていたとき、Webサイトで見つけたのが、現在私が働いている徳島県神山町にある「モノサス」というWeb制作会社でした。

徳島県神山町という「田舎」へ移住

日本全国を中心に、海外からも出版物の発注を受けていた前職の経験から、Webの魅力・可能性を大いに感じていた私は、給料をもらいながら、Webコーディングとライティングの基本を半年間で学べるこの制度に応募し、徳島県神山町へ移住しました。私は、高知県高知市出身ということもあり、「田舎」という場所への耐性には自信がありました。でも、ここ神山町は、私が想像していた「田舎」とは全く違っていました。「田舎」はおじいちゃんとおばあちゃんが農業や林業を営み、若者は少ないはず・・・でも、神山町には、さまざまなバックボーンを持った魅力的な方や地元の方がたくさん住んでいて、びっくり。全国屈指の高速通信網が整備されていたり、外国人のアーティストが作品づくりをしていたり、本当に「田舎?」と思うほどでした。そんな徳島県神山町に株式会社モノサスのサテライトオフィスがあり、そこで2016年7月から12月までの半年間、雇用型職業訓練が始まりました。

4名の訓練生とともに、一つ屋根の下で共同生活スタート!

私たちが受講する「神山ものさす塾」2期生は10名。うち4名が女性で、30歳前後の女性達の中で私は最年少でした。移住当初1ヵ月は、町内の神山スキーランドホテルで共同生活。その後は各自で住居を確保するルールとなっていました。しかし、神山町にアパートやマンションはほとんどありません。そこで、地元住民のみなさんに「空き家を貸してくれませんか」と声を掛け、物件を7軒見て回り、ようやく空き家の1軒を借りることができました。同期生の私を含む女性4名での共同生活がはじまりました。

その生活は街での暮らしと、まったく違っていました。使用できる車は4人で1台の共同使用、お風呂は薪で沸かすタイプ。だから、風呂焚き、夕食作り、ふとん干しなど皆で家事を分担しました。風呂は同じ時間に入らないと冷めてしまうし、車での移動は全員一緒という、いままで経験したこともない団体行動と共同生活は、その不便さとは裏腹に、とても楽しくて温かく、お互いの仲を存分に深めてくれました。

毎日新しい事ができるようになる自分に自信が生まれる!

1期生は、コーディングを専門的学ぶにカリキュラムでしたが、私たち2期生は、「今Web制作に求められる人材の育成」がコンセプトのため、自分自身で、取材、編集、撮影、Web制作全般ができるカリキュラムになっていました。私は、受講当初パソコンのスキルは中の下、ほとんどWeb制作の知識もなかったため、コーディングにはかなり苦労しました。でも、塾長の栗原さんやモノサススタッフ、同期生に支えてもらい何とか基本をマスターすることができまし

た。その他、文章作成(ライティング)や写真撮影などのカリキュラムを終える頃には、自分に少し自信がつきました。けれど、私が習得したのは、Web制作のもっとも基本的な知識と技術です。今後は、もっともっと自分を磨き社会に貢献したいですね。

将来の夢は、自分でデザインしたアクセサリーを作って売ること。

私の実家は、歯科技工所でした。金や銀を溶かし、注文通りの歯を作る作業を幼い頃から見ていました。その技術を活かしてアクセサリーを作りたいと、ずっと考えていました。でも、アクセサリーのデザイン・製作・販売をする会社を起業し、経営することは私にとってかなり高いハードル。だからといって「夢」をあきらめたくない。色々と悩み、ため息をついている私を見て、塾長の栗原さんと、塾の事務局を担当していた社員の方が「Web制作の仕事をしなが

ら、アクセサリー制作も続けたらいい。夢を諦めないために会社を利用すればいい。」とアドバイスしてくれました。会社からそんなことを言ってもらえるとは思ってもおらず、非常に驚きました。私の訓練が終わりに近づいた2016年の11月、モノサスの4つ目の拠点となる「神山サテライトオフィス」が完成しました。会社ぐるみで、地元の人達・移住者の人達と関わり合っていく様子を間近に見ていて、「ここで、この人達と働きたい」という思いも次第に強まり、モノサスへの就職を決めました。

すでに私がどういった人間かを、わかっている先輩の元で働く安心感

神山ものさす塾で半年間、私を指導してくれた栗原塾長をはじめ、モノサススタッフの皆さんは、とてもいい人達です。こんな人達と共に働きたいと思ったのが、モノサスへの就職を決めたいちばんの理由です。もちろん、私を指導してくれた人達なので、私のことをよく理解してくれている安心感は、この制度ならではだと思います。神山町での友達や知り合いが増え、自分を受け入れてくれていることが実感できたことは、神山町で働きたいと自然と思わせてくれた要因のひとつですね。

同期の塾生10名のうち5名が神山町に移住しました。神山町には不思議な魅力があります。

現在私は、ゆったり時間の流れる、ここ神山町にあるモノサスサテライトオフィスへ就職し、肩の力が抜け、楽しみながら仕事ができるようになりました。

人事担当者に聞きました

株式会社モノサス リーダー 栗原 功

2016年7月、神山ものさす塾2期スタートに合わせて、神山にやってきました。

神山に来た当初は、塾生と同じ神山スキーランドホテルで1ヶ月間の共同生活を開始。神奈川出身で、東京が職場だった私にとって、驚愕の生活がスタートしました。2期生は全員で10人。神山という「田舎」での生活を理解した上で応募し、80人の応募の中から選ばれたその10人の塾生の人間力は本当に高く、私も塾生から、たくさんのことを学ばせてもらいました。卒塾後は10名中7名の塾生が株式会社モノサスに入社しました。

私も2016年12月、塾生の卒業と共に、東京に帰るつもりでしたが、2017年1月、正式に株式会社モノサス神山サテライトオフィスオープンに合わせて、神山に移住することにしました。

「田舎暮らし」プラス「Web」の可能性を共に働きたい人達とこれからも創造していきたいですね。

<取材協力:モノサス>

WEB技術者

WEB関連の企業・サテライトオフィス等で対応できるプログラマー・コーダーを育成

  • ㈱モノサス 東京都渋谷区代々木3-9-5 tel:03-5308-1510
  • ㈱えんがわ 名西郡神山町神領字北88-4 tel:050-3852-0234

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